紀伊半島は日本最大の半島で本州の中央より南部の太平洋に面した位置にあります。
名称は和歌山県付近にあった旧國名「紀伊」に由来し、緑豊かな森林と黒潮の幸が息づく海に恵まれています。
四国北西部や淡路島南岸とかに線状のものが見えると思いますが、これは日本列島を構成する大断層のひとつ
「中央構造線(フォッサマグナ)」です。半島北部を貫いて、伊勢湾を跨いでさらに延びています。
和歌山県だけでも約600kmの海岸線があり、半島中央部には「果無山脈(ハテナシサンミャク)」や
日本の年間最高降雨量を記録する「大台ヶ原(オオダイガハラ)」などの原生林地帯があり、正に天然要塞のようです。
国に指定された高野龍神・室生赤目青山国定公園や吉野熊野・伊勢志摩国立公園があります。
また、日本史上に於ても歴史ある地域にて、古代には天皇家の南紀白浜での湯浴みや、平安時代より遡る
「蟻の熊野詣」と称される熊野本宮大社への巡幸巡行が行われ(熊野古道)、真言宗開祖「空海」ゆかりの高野山が
半島北部に構えています。女人禁制の修験山「大峰山系」も厳格なイメージのある場所です。
半島北東部には神話の香り棚引く「伊勢神宮」もあり、日本人の文化や魂の原点として多くの訪問者が
絶える事がありません。
現代においては、「魂の再生・癒しの地」として注目を集めており、アウトドア、小旅行、スポーツといった心和む場として
観光客も年々多く、近畿地方のオアシスとして知られています。
近年、「世界遺産」に登録するプロジェクトが進められており、既に、暫定リストに登載され、2003年または2004年に
正式登録をできるよう準備がなされているようです。
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| 現代の行政区画府県境界 |
古代律令制における國界 |
紀伊半島において、ほぼ現行政境界と旧國境界は「伊勢」「紀伊」の若干違いを除いて同じです。
今でも三重県南部の地名には「紀伊長島」「紀伊井田」と言った名残があります。
「紀伊國」ですが、「木の国」という意味合いだと思います。
「木々が非常に多い国」→「木の國」→『紀伊國』と言う感じでしょうか・・・。
旧國境界とは大化の改新(西暦645年)の時に定められた律令国家体制確立の為の行政区分で、
「五畿七道」あります。
<和泉國は西暦757年に設置され、摂津、河内、山城(山背)、大和を合わせて五畿となった。>
江戸時代の幕藩体制時にはその区分は藩の管轄となり実質上機能を失ったが、その呼び名は
地名や役職など様々な所で使用されていた。
御覧の通り、「紀伊半島は和歌山県」というのでは無く、海岸地域を含む和歌山県と内陸部の
奈良県南部とを基幹とした地域群で構成されている事がお分かりになると思います。
前記の「大台ケ原」は奈良県南東部と三重県南西部の境界上に位置していたり、
温泉郷で有名な「熊野本宮」は奈良県最南部十津川と和歌山県東部地域の境界にあったりします。
紀伊半島を語るには「中央構造線以南の山岳及び海浜地域」とした方がいいかもしれません。 |
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