| 《難所bU》 ザイテングラード |
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ザイテングラードの語源はドイツ語のseitengrat(支稜線・支尾根)からだそうです。
山の各部の名称や山岳装備の名前にはドイツ語やフランス語が多く、英語は意外にも希です。
日本アルプスが本格的に登山観光の地として認知されたのは明治時代初期からです。
元来、スポーツや旅行の範疇で登山という概念が登場したのはヨーロッパからです。
明治の日本では、近代化の促進を図るために多くの外国人が来日しました。(お雇い外国人)
日本アルプスにも多くの外国人が訪問し、数々の山岳地を開拓し日本登山史の基礎をなしました。
日本アルプスという言葉も外国人が海外へ日本の山岳地域を紹介した時に派生したものです。
この日本アルプスと呼び名は英国人技師ウィリアム・ガウランドが槍ヶ岳登頂に関する雑誌の寄稿に
"Japan alps"としたのが始まりだそうです。
英国人宣教師英国宣教師、ウォルター・ウェンストンはその著作「日本アルプスの登山と探検」において
上高地周辺の様子を紹介しました。
現代の日本より、戦前の日本ではドイツやフランスといった国の言葉に触れる機会が多かったようで、
政治的、文化的にドイツとは近代史においては深い関係にあったのも事実ですし、教育の面でも
高等教育(旧制高等学校等)の課程から英語だけでなくドイツ語やフランス語の履修があったそうです。
以上、記述に関する詳細につきましては以下サイトを参照してください。
上高地観光アソシエーション
さて、このザイテングラードは涸沢〜奥穂高へ至る途中にある難所です。
浮石や落石が多いところですが、頭上に穂高連山、眼下に涸沢ヒュッテが広がる風光明媚な場所です。
夏にはお花畑が広がり、秋には眩しいほどの紅葉を見物することができます。
【参考頁】
■ 定点観測 ≪ザイテングラード≫ |
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| 北穂高方面から見たザイテングラード |
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| ザイテングラードの鎖場 |
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岩場に取り付く登山者。右端は涸沢槍 |
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| 【 注 意 】 |
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この写真は執筆者自身が2003〜2004年に撮影したものです。
従って、このポイントはその当時の様子です。コースの十分な下調べをしてから安全な登山計画を立てましょう。 |
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